買い物、一緒に行かない?
あの時そう彼女に声を掛ける事ができたのは奇跡だった。
いつの時代、どこの世界にも、学園のアイドルというものはいるもので
僕のクラスでクラス委員を務めていた彼女もまた、押しも押されぬ学園のアイドルだった。
今でいうところのセレブという言葉がぴったりだった彼女。
当時はまだセレブという言葉が一般的ではなく、
ボキャブラリーの貧困な僕たち男子一同は彼女の事を(褒め言葉として的確かどうかは微妙だが)
「皇室」と呼んでいた。
いや顔が皇室っぽいというわけではなく、車の窓から白手袋で手を振っているイメージがぴったりなのだ。
上品な顔だちに丁寧な言葉づかい。
間違っても下ネタなんざ口にしない。
僕のような下々の者が話しかけても、嫌な顔ひとつせずに優しく接する彼女の態度。
正直、彼女にKOされない男なんてこの世の中にはいないと思った。
そんな彼女が文化祭に使う小物をクラスの代表として買いに行くと聞いて
僕は一もニも無く彼女に声をかけた。
「買い物、一緒に行かない?」
彼女は僕のような平民からすれば雲上の存在であり、普段ならば彼女に話しかけるのはもちろんの事、
彼女が側に立つだけでも心臓が喉をせりあがってきそうなほど緊張していたのに
あの時、どうして ああもすんなりと声を掛けられたのか今になっても謎だが、
彼女からOKの返事を貰った後でとてつもなく恐れ多い事をしてしまった気がして震えがきた。
しかしながら彼女と一緒に買い物に行けるというこの素晴しいチャンスを前にいつまでも震えてはいられない。
彼女の優しい性格からして、買い物に誘ったのがクラスの男子の誰であろうとも
彼女は快くその申し出をOKしていたであろう。
彼女にとって僕が特別な存在で無い事を僕は理解していた。
だからこそ、尚更このチャンスはモノにしなくてはならない。
入念な計画を立て、こじゃれた雑貨屋さんを探した。
その雑貨屋さんのすぐ近くには安いながらも雰囲気のあるイタリア料理屋さんがあったりするわけで
僕の華麗なるエスコートで彼女の心を鷲掴みってスンポウさ☆
当日、待ち合わせの駅に45分前に到着した僕は普段の30倍くらい自分の格好が気になって
駅構内の鏡を必要以上に見ては、OK? OK? おれ、OK? と自問自答を繰り返していた。
約束の時間5分前に彼女がやって来た。
彼女の服装が普段よりおしゃれに時間をかけた事を物語っていてそのあまりの眩しさに
僕は呼吸困難になりそうだった。冗談抜きで緊張のあまり具合が悪くなりそうだ。
ほんとごめんなさい。それ以上近づかれると倒れますって感じだ。
僕は青い顔をしながら彼女と一緒に雑貨屋さんに向かった。
店内で目当ての小物を探しているうちに僕の緊張もだいぶほぐれてきて一通りの小物を買い終える頃には、
僕の顔にも血の気が戻っていた。
メモをチェックして買い忘れが無い事を確認すると僕達は店内のおもしろ商品を見てまわった。
彼女は コップやティッシュのケースといった小物を手に取っては、楽しそうに目を輝かせていた。
そんな彼女を見ているだけでとても幸せな気持ちになる。
嗚呼、雑貨屋さんってこんなにも楽しい場所だったのか。
そんな時、「ソレ」 が僕の目に止まった。
鉄製の踏み台にプラスチックのイボイボがついた
いわゆる足ツボマッサージ機だ。
足ツボマッサージ機には

こんな表がついていて、踏んでみて痛かった場所、
つまり足の裏のツボから内臓の状態がわかります、というものだった。
健康に関する知識なんて何も持ち合わせていなかった僕は足の裏から内臓の状態が分かるという説明文を
読んで「うっそだー!」と思いつつも、内心、このプラスチックのイボイボを踏んでみたくてしょうがなかった。
踏んでみたいけど彼女の前で靴脱いでこれに乗っかるのはなんかダサ恥ずかしいよな。
そんな僕の気持ちに勘付いたのか、彼女はニコっと笑うと購入予定の品を僕に手渡し、
靴を脱いでプラスチックのイボイボをエレガントに踏んだ。
僕が満面の笑みで「どこが痛い?」と聞くと、彼女はどこも痛いところは無いと答えた。
至って健康という事だ。
美人薄命というが、あれはとんだデタラメだな。
今度は僕が足ツボマッサージ機に乗ってみた。
いでぇッ!!
いたいいたい。これ痛いよどうなってんの?
つか、カカトが痛い。カカト。 ぐえ、痛い。もうだめ。
あー、カカトがいたい。
彼女に そう告げ 、一緒に表を見ながらどこが悪いのか探してみた。
えーと、カカトが痛い時はどこが悪いんだ?
カカト・・・ カカト・・・

36番・・・36番・・・
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性器 |
16. |
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53. |
頸椎 |
36.性器
憧れの学園のアイドルの前で
あまりにも痛い足ツボマッサージ
「くぁすぇdfrgtyふじこ;pッ!?」
ひょっとこ顔で慌てふためく僕。
そんな僕の視線を避けるように顔をふせる彼女。
―――おわった
こうして夢にまで見た彼女とのデートをカカトという無慈悲 極まりない秘孔により打ち砕かれた僕は
あまりの恥ずかしさからこの日予定していた全ての計画をキャンセルし、しめやかに帰路についたのだった。
別れ際、彼女はためらいながら口を開いた。
「誰にも言わないから」
彼女の気遣いが、痛かった。
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